検索SEARCH

ARTISTS

Pierre-Etienne Theodore Rousseau

テオドール・ルソー

1812-1867 / フランス

テオドール・ルソー 「アプルモンの樫、フォンテーヌブローの森」
油彩・キャンバス 1852年(パリ、オルセー美術館)

パリの衣服商の子として生まれる。従兄弟の風景画家に幼い頃から手ほどきを受け、14歳で新古典派の画家レモンに師事。のちダヴィッド派のルティエールに学ぶ。クロード・ロランと17世紀オランダ風景画を研究するとともに、野外での写生に早くから取り組んだ。
フォンテーヌブローの森には1827年に初めて写生に訪れる。1831年に前年のオーヴェルニュ旅行の成果を示す風景画でサロン初入選し、1836年まで連続入選。パリで最も革新的な風景画家としてゴーティエやボレルに賞賛された。1840年代はデュプレとともにフランス各地を写生、サロンに出品するが長年にわたって落選を続け、“Grand Refusé(落選王)”と呼ばれた。
バルビゾンに1836年移住し、冬ごとにパリの実家に戻る生活を続ける。やがて同地に集まる画家たちとバルビゾン派を結成し、その中心人物となった。初期のロマンティックで抒情的、感情豊かな画風から、正確なデッサンと細やかな筆遣いによる自然の緻密な再現へと、次第に重点を移していった。1849年自由出品のサロンに復帰、1等賞を得る。その後は1852年にレジョン・ドヌール勲章を受け、1855年のパリ万博では特別室を与えられるなど、バルビゾン派の指導者として評価が高まった。
ミレーと厚い友情を結び、ともに浮世絵にも興味を抱いていた。晩年は妻の発狂などの不幸に苦しみ、55歳でミレーに看取られながら没している。

RECOMMEND

SEARCH