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ART FAIR TOKYO 2018 作品紹介 | 田中敦子

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# ART FAIR TOKYO # 田中敦子

今や、具体美術の一員としての田中敦子ではなく、日本の、いや世界の美術史においてもユニークかつ重要な存在として、マーケットからそしてアカデミックな側面からも評価される田中敦子。では、なぜ田中の作品がそのような支持を得るのだろうか、≪81A≫を通して考えてみます。

田中敦子《81A》1981年作
田中敦子《81A》1981年作

普通、画家というのは年齢を重ねるうちに画風が変化したり、テーマを変えたりしてマンネリズムを打破していくのですが、田中敦子はごく初期を除いて、生涯≪81A≫に見られるような、複数のそして様々な色の円とそれらをつなぐ夥しい線から構成される絵画を、生涯制作し続けました。≪81A≫では画面中央右寄りに、同心円状に塗り重ねられた複数の円が重なり、その内や外に小さな円が様々な色の線で繋がり配置されています。そのカラフルで密集した作品の重心を取り囲むように、大き目の緑や黄色、濃紺の円が配置され、それらがさらに様々な色の線で繋がりあい、関係を保っています。色彩はムラがなく安定し、抑揚のないマチエールをしているにもかかわらず、しかし、円や線の配置、つながりに規則性はなく、常に見る者に有機的とは違う不安定さや移ろいを提示します。

 

具体美術において大きなテーマであった物質性や行為性というものは、田中の作品では一見排除され、またいわゆる身体との関りについても、フラットでマチエールの薄い画面(合成樹脂エナメル塗料が使われている)は希薄さを感じさせます。では、なぜ田中敦子が具体美術の中で異質ともいえる作品を追い求めるようになったのでしょうか。

 

田中敦子が具体に加入する前後に制作した重要な作品を挙げると、コラージュを使用した≪カレンダー≫や数字の羅列の≪作品≫。大きな木綿の布が垂れ下がり(布を一部重ね合わせたり、周囲を切ったりしている)、揺らめく≪作品≫。壁際の床に2メートル間隔で置かれた20個のベルが順に鳴り響く≪作品(ベル)≫。次々と複雑に重ね着した服を脱いでいく≪舞台服≫。そして、多数の電球と管球を組み合わせ天井から釣り、不規則に明滅する光の服に見立てた≪電気服≫。これらに共通するのは、不安定さや変化、そして周縁の揺らめきです。人は周囲との関係や差異によって自己を認識し、自己同一化を図るのですが、田中の作る作品はそのような周囲との接触、ズレを意識させ、揺さぶりをかけます。そして最終的に≪電気服≫にたどり着いた田中は、≪電気服≫を平面へ表す絵画作品に挑み続けることになります。

《作品》1954年頃
《作品》1954年頃
《作品(ベル)》1955年
《作品(ベル)》1955年
《電気服》1956年
《電気服》1956年

また田中は、≪電気服≫を第2回具体展の舞台上で自ら着るという行為に及びました。つまり、≪電気服≫はただ作品として提示されるものではなく、着ることによって作品として成立するのです。田中はカンヴァスの作品を描く時に、木枠から外したカンヴァスをアトリエの床に広げて、大きな作品ではカンヴァスの上に足でのり、円や線を描いていきます。カンヴァスに対して正対するのではなく、その上で身を任せるように描く田中の制作過程は、平面化した≪電気服≫を着ていく事とある種同義なのではないかと思わせます。日常的な着るという行為よって作品を成立させ、そして自己同一化を図る田中敦子のカンヴァス作品は、実は身体行為と密接に結びついており、日々の思索の象徴であり田中敦子の生の痕跡そのものに思われます。

 

田中は1965年に具体を脱会し、1972年奈良県明日香町に居を移しますが、インタビューの中で、明日香の環境にどうも馴染めず、大阪の鶴橋の風景が懐かしいと言います。田中の描く線には一本一本理由があると言われ、電気がコードなしでは光り輝くことが出来ないように、田中の描く不安定な一本一本の線は内と外の危うい繋ぎのようでもあります。奈良の山里で生まれた煌めくネオンのような作品≪81A≫は田中の生の葛藤でもあるかのようです。

 

現在我々が接する田中敦子の作品は、純粋にその色彩の絡み合いや円と線の重なりが美しく、見る者を魅了します。田中は自分が女性であれ、男性であれ同じような作品を作っていただろうと言いますが、この美しさの中には一人の人間・田中敦子の自信と揺らめきが交錯しているのではないでしょうか。初めて≪電気服≫を着て、点灯させたとき、(感電の危険性があるので)「一瞬死刑囚ならこんな気持ちだろうと思いがかすめた」と田中は回想しますが、絵画作品においても、一点一点に田中の覚悟が込められているのです。だから、常に新しい気持ちを込めて描く田中の作品に、我々の心は揺さぶられるのではないでしょうか。

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