NUKAGA GALLERY

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2018年.02月.23日 Friday

ART FAIR TOKYO 2018 作品紹介 | 荒木高子

NUKAGA GALLERYは今年もアートフェア東京2018に出展いたします。
前回に引き続き、出品作品の中から、注目の作品をピックアップしてご紹介してまいりますので、どうぞお楽しみください。
第2回目は荒木高子(1921-2004)の作品をご紹介します。

B荒木高子_頽廃の記録_1984_Kaolin, silkscreen_15.5x45.8x41cm
荒木高子「頽廃の記録」1984年作

最初の作品は、1984年に制作された「頽廃の記録」。磁土に聖書の文がシルクスクリーンで転写され、焼き上げられた作品です。中央にはぼろぼろになった聖書が開かれ、まわりにも頁のかけらが散乱しています。まさに頽廃し、崩壊していくさまの一瞬を切り取った様子に、流れるのは緊張感をともなった静寂。少しでも触れたら崩れてしまいそうな危うさに思わず息をのむ作品です。

荒木は1921年に兵庫県西宮市で、華道未生流宗家の10人兄弟の次女として生まれ、家元であった父・荒木白鳳の死後、15歳で家業の家元代行を継承し、20年以上にわたりその任務を務めました。
1950年頃からはガラス・オブジェの制作をはじめ、1952年からは須田剋太に師事し、絵画を学びます。また、関西でおこった美術運動にも関わりを持ち、1956年、35歳の時には自分の勉強と前衛芸術家たちの作品発表の場を兼ねて、画廊の経営を始めました。この画廊は、父の名前をとって「白鳳画廊」と名付けられ、女性の経営者が前衛美術を専門に取り扱うという、当時全国でも例をみないものでした。白鳳画廊では、津高和一や森口宏一など中堅や若手の個展、DELTAやT造形団といった前衛団体の展覧会の開催、また、矢内原伊作所蔵のアルベルト・ジャコメッティのデッサン展など、海外の美術を紹介することもあり、関西におけるモダニズムの一つの重要な拠点となっていました。しかし、経営難に陥ったことで4年後には閉廊し、荒木はニューヨークに旅立ちます。この頃のニューヨークでは、1957年に渡米した草間彌生が活動しており、アンディ・ウォーホルやロイ・リキテンスタインに代表されるポップ・アートが花開いた時期でした。そんな中、荒木はニューヨーク・スチューデンツ・リーグで彫刻を学び、その後、フランス、スペインにも滞在しました。
そして1962年に帰国後、西宮市の自宅に窯を築き、本格的に陶芸の制作を開始。チューブを切ったような黒陶の作品や、石膏型で成形した球体にシルクスクリーンで新聞や写真を転写した「プリンテッド・ボールズ」を経て、1978年頃、荒木高子を代表する「聖書」シリーズが誕生します。以降、荒木は生涯にわたって「聖書」を作り続けました。

では、なぜ「聖書」なのでしょうか。
荒木は死の直前に洗礼を受けるまでは、クリスチャンではありませんでした。しかし荒木の兄弟の中にはクリスチャンがいました。また父は禅宗、母は日蓮宗であり、彼らの宗教へのこだわりを日常的に目の当たりにしていました。そのような環境で、荒木は人間と宗教について考えざるを得ず、複雑な思いを抱えていました。そして22歳で亡くなったクリスチャンの兄が遺した聖書を何度も読み返していたことが、聖書を作品にすることに繋がりました。荒木にとって聖書は「宗教」を象徴的に表すものなのです。

では、次の作品を見ていきましょう。

B荒木高子_小型新約バイブル_screenprint on ceramic_H8.0xW13.0xD16.0cm「小型新約バイブル」B荒木高子_「聖書シリーズ」より_screenprint on ceramic_H7.0xW15.0xD15.0cm「聖書」シリーズより

皮のような表紙がつけられた聖書の作品です。
どちらの聖書も閉じられた状態ですが、表紙は破れ、中の頁は一部むき出しになり、それぞれの頁もめくれたり折れたり、破れもあります。何度も人に読まれ、持ち運ばれ、使い込まれた聖書なのか、あるいは長い間放置され、古びていった聖書なのかもしれません。

これらの作品は、土を薄く紙状に伸ばし、1頁ずつ丹念にシルクスクリーンで聖書を転写し、本の形にしてから焼き上げられています。「聖書」シリーズの制作は、大変手間のかかる作業であり、50頁のポケット型で半月、大型作品は2か月かかったといわれています。

 

B荒木高子_石の聖書_screenprint on red granite(花崗岩)_H9.0x16.0x16.0「石の聖書」
最後は「石の聖書」です。
これは、赤色花崗岩にシルクスクリーンで聖書の文が転写されています。
この「石の聖書」も多数存在し、クリスチャンであった荒木の弟が亡くなる前に、口から石のような塊を吐き出した経験をもとに生み出されたといいます。
本の形を成した聖書の作品と比べると、より生活や人間の内面に刻み込まれた宗教の存在を表現しているようにも思われます。

「わたしの場合は、一番身近な家庭的な問題から聖書が出てきましたからね。だから、非常に大げさに、私が地球を1人で背負って苦しんでいるようなことを想像する人もあるんですけど、そうじゃないんですよ。本当に身近な、自分の心情から出ているわけです。」

(「荒木高子-創造の現場から 対談=荒木高子+乾由明 『季刊みづゑ』第948号より再録」「荒木高子展-心の深淵に迫る-」図録、兵庫陶芸美術館、2011年)

このように、荒木にとっての聖書は、あくまで内面的なものから始まっているものでしたが、作品として聖書が提示されたとき、その意味は場所や受け取り手によって大きく変わってくるのではないでしょうか。
荒木の非常にパーソナルな部分から生まれたこの「聖書」シリーズは、多様な広がりを見せる、非常に深みのある作品であるといえるでしょう。

By A-K

 <参考>
「荒木高子展-いきざまを焼く-」図録、1996年、西宮市大谷記念美術館
「荒木高子展-心の深淵に迫る-」図録、2011年、兵庫陶芸美術館

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