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2017年.03月.10日 Friday

ART FAIR TOKYO 2017 作品紹介 | 井上有一

アートフェア東京2017に出品する作品の中から注目の作品をご紹介していくシリーズも今回でラストを迎えます。
今回ご紹介したい作品は、学校の教師でありながら前衛書家として国際的に活躍した井上有一の『月』です。どうぞお楽しみ下さい。

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井上有一 / / ボンド墨、和紙 / 175 × 127 ㎝ / 1982

大胆に降り放たれた飛沫(しぶき)はまるで宇宙の星粒のよう。
飛沫が一つの線のように連なり、全体として裾広がりの三角形がつくられています。飛沫によって白い余白にリズムが生まれ、文字に軽やかさを与えています。裾広がりの形と飛沫による軽やかさによって、天に向かう力が感じられ、文字通り、無重力の宇宙に放り出された月のようです。また、太く角の丸い線や墨の濃淡、うっすらと入った膠じみによる点々からは月の物質感やクレーターを連想します。有一は生の和紙に塗る滲み止めの礬砂(どうさ)液の濃度や墨に粘性を与え接着剤ともなる膠の量を研究・特定したり、墨に微量のボンドを加えたボンド墨を用いたことで、独特の筆跡や擦れ、墨の表情を生み出しています。この作品は有一が力を注いだ「一字書」のひとつです。

井上有一(1916-1985)は小学校の教員の傍ら、はじめ油絵を学びますが、1941年から8年間、上田桑鳩に師事し、書の道へ進みます。1945年の東京大空襲では仮死状態となるも、奇跡的に生還します。そして、戦後1950年代から彼の芸術哲学は開花していきました。当時、美術界では人類が戦争を体験したことにより、ダダイズム、シュルリアリズム、原始美術、抽象表現主義、アンフォルメルなど、近代的合理主義に対する否定の美術が欧米を中心に起こっていました。有一はその頃出会った長谷川三郎からこれら現代美術の論理を学び、そのことが有一の芸術哲学の形成に影響を与えたのです。特に原始美術やアウトサイダーアートに共感し、万人に開かれた書を説きました。また、書の国際化、現代化を目指し、森田子龍とともに海外の展覧会にも積極的に出品していきます。

こうした中で、1955~56年の短期間に「メチャクチャデタラメ」書きといった文字をもたない抽象表現書を集中的に制作しています。これは旧態然の書道界からの脱却の意味も含まれていますが、それ以上に近代的合理主義に対し、そしてそれを少なくとも享受している自分自身への否定と禊の行為であったのでしょう。その作品は見る者が力負けしてしまいそうなくらい力強く、まるでもののけ姫に出てくるタタリ神が暴れているような画面です(例: 作品 No.9)。この「メチャクチャデタラメ」書きは有一の表現の幅を拡げるきっかけとなりました。有一は晩年に「一点でいいから王羲之、顔真卿、空海、大燈に匹敵する字を残したいと思うようになって…」*1と述べているように、書の古典を尊敬する気持ちは変わっていません。
そして56年以降、有一は『月』のような「一字書」を中心に文字へと復帰し、85年に亡くなるまで書き続けました。

 

3作品No9(450)

井上有一 / 作品 No.9  / エナメル、ケント紙、メディウムジェル / 100 × 132 ㎝ / 1955 / 京都国立近代美術館蔵

ところで、有一の作品は書なのか、絵画なのかという点がしばしば特に海外から指摘されていますが、以下の有一の言葉から、有一自身はあくまで書を意識しているようです。有一の制作の根幹とされたものがみえてくる言葉です。絵画だと言われるのは、画面の芸術性・独創的な造形が絵画空間としても成立する域に達しているからなのでしょう。

以下、有一の言葉です。

書は線の表現であると言っても、文字を書くことの中で線が実現するところに、書の複雑微妙なところがある。線が文字として統合されるのではなくて、文字を書くことの中で線は自ずから実現する。
(井上有一『日々の絶筆-井上有一全文集』海上雅臣編、芸術新聞社、1989)

書は空間であるということを実現することにのみ おれのいのちもやしきるべし
(『墨人』No.198)

有一は文字と対峙し、その一文字の内包する宇宙をまるごと受けとめ、その宇宙をそのまま紙に宿すことで、物質的な造形と立体的な空間を実現させている。このことが書なのか絵画なのかと言われる所以、両者を超えた有一の作品の凄みなのでしょう。あなたも有一の作品の前で、文字のもつ宇宙を感じてみませんか。

 

制作風景

↑有一の使用した絨毯です。この上に紙を敷いて制作していました。

・*1 井上有一『日々の絶筆-井上有一全文集』海上雅臣編、芸術新聞社、1989
・参考文献:『井上有一 1955-1985』秋元雄史編、一般財団法人世界紙文化遺産支援財団 紙守、2016

By Aya

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